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グー・シャオガン × 梅林茂
「西湖畔に生きる」

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賀来タクト

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川野結季歌


同じ「宇宙」でも、違う「宇宙」になる場合がある。
でも、グーとは言葉を超えて接点が見いだしやすかった。

2024年8月29日、東京・泉岳寺で映画「西湖畔に生きる」の監督グー・シャオガンと音楽担当の梅林茂が再会を果たした。会うのは、昨年の第36回東京国際映画祭以来とのこと。部屋の隅で瞑想をしていたグー・シャオガンが梅林の姿を見つけるなり「ウメさーん!」と笑顔で歩み寄ると、梅林が「コングラチュレイション(おめでとう)!」と応じる。

梅林から発せられたお祝いの言葉は去る3月10日に香港で授賞式が行われたアジアン・フィルム・アワードに対してのもの。同アワードではジアン・チンチンが主演女優賞を受賞。グー・シャオガンと梅林茂もそれぞれ監督賞、音楽賞の候補になっていた。「僕はウメさんが受賞したら泣こうとしていました」とグー・シャオガンが語れば、梅林は嬉しそうに「うんうん」とうなずく。そのなごやかな空気のまま、対談取材は始まった。

――おふたりは今回の映画が初顔合わせです。実際に組んでみていかがでしたか。

グー・シャオガン その前に、まずこうしてウメさんとふたりでこの映画(「西湖畔に生きる」)のことをお話しできる機会をいただけてとても嬉しく、光栄に思っています。しかも、こんな雨のそぼ降る、お寺の近くの場所での対談とは、とても興趣がありますし、すごく特別な機会に感じています。本当に映画を撮りたくなるような場所ですね。このような場を設けていただき、ありがとうございます。

梅林茂 グー監督との仕事は、とても面白く、新鮮でした。中国(での仕事)は長いけれど、グーのように若い監督から「一緒にやりたい」と声をかけられるとは思わなくて、そのときは「えーっ、どうして!?」と思いました。本当に想像もしていなかったから。ただ、いつも声をかけられると、必ずどの監督にも訊いているんですよ。「なぜ、僕とやりたいの?」と。グーにも同じことを訊いてみたんです。すると、グーはシンプルに「あなたの音楽が大好きで、機会があれば映画を一緒に作りたいと思っていた」と説明してくれてね。それなら「じゃ、話をしよう」ということになって話すことになるんだけど。面白いのは、最初に(オンライン上で)話したとき、なんか雰囲気がよかったの。初対面という感じがしなかった。それに、グーがすごく紳士的で、それにもビックリしました。

――グー監督からは「塵のような小ささと、宇宙のような広大さ」を持った音楽をお願いしたいと答えたと伺いました。「天と地を内包するような音楽」を作るというのは大変でしたでしょう。

梅林 聞いていない(笑)。いや、(「聞かなかった」みたいな)悪い意味ではなくて、要は言葉がどうこうということではなく、監督の持っているエモーションをどう感じるかだと思うんです。たとえば、同じ「宇宙」でも、違う「宇宙」になる場合がある。でも、グーとは言葉を超えて接点が見いだしやすかった。そこがやりやすかった。つまり、グーはワシのことを信じてくれていたんだろうね。だから、うまくいったんだと思う。今のグーの言葉にしても、聞く人によってはとらえ方が違うでしょう。

グー・シャオガン ウメさんのお言葉、とても嬉しいですし、こうやってコラボレーションの過程を別の視点で振り返ることができるというのはとても興味深いです。ウメさんに言われたのは、僕が「今まで組んだ監督の中でいちばん(自分と年が離れた)若い監督」だということでした。確かに、ウメさんは僕の祖父と同じくらいの年齢なんです。最初にオンライン会議をしたときは緊張しました。というのは、ウメさんは中国のみならず、世界の映画人にとって神話の中の存在で、いわば「伝説」でしたから。ところが、いざ話してみると、僕と同世代の若い友人と話しているような感じなんです。偉ぶることもないし、老人のような雰囲気もない。すごく興味深いことでした。その「興味深さ」はこの映画の仕事が終わるまで続きました。ウメさんは本当に若々しいんですよ!

梅林 謝謝(ありがとう)!

グー・シャオガン なぜウメさんがこんなに若々しいのかとずっと考えていたんですけど、この映画の仕事を終えてわかったことがありました。中国(の春秋時代の思想家)の老子が書いた「老子道徳経」の中に「功成りて居らず(成功に安住しない)」という言葉があるんですが、ウメさんはまさにそれで、これまでの成功や名声を全く意に介していません。素晴らしい作品を残されているのに、何もやってこなかったようなお顔をされて、新しい作品に取り組まれている。そういう創作の精神をお持ちだからこそ、常に異なるピークを得られるのだなと思いました。これまでウメさんの作品をたくさん聴いてきましたけれど、「西湖畔に生きる」ではまたスタイルの違う音楽を聴かせてくれましたし、私自身にも大きな力を与えてくれました。これからもしもっと成熟した映画を作ることができたとき、僕はウメさんから受けた啓発を思い出すことになるでしょう。いつもゼロから新しい作品に取り組むウメさんの芸術家としての姿勢は、それほど僕に影響を与えてくれました。

梅林 謝謝、謝謝(笑)!

グー・シャオガン 音楽を作っているときにウメさんが僕に言ってくれたことを思い出しました。「自分の映像を信じろ」と。そして「音楽はなくてもいいんだ」とも。その言葉をいただけただけでも、僕にとって一生のテーマになりました。

梅林 グー監督は僕よりも若いんだけど、基本的に年齢は関係ないと思うんです。我々(音楽家)はまず、監督ありき。監督次第。監督によってどう生かされるか、なんです。グーの前作「春江水暖〜しゅんこうすいだん」(2019)を見せてもらったとき、すごく映像に力を感じました。とにかく「映画」だった。今回の「西湖畔に生きる」にはいろんな(テーマやメッセージ的な)角度があるし、(現代を含む)中国の時代背景もあるんだけど、何よりも「画」に力があった。それがエキサイティングだった。「よし、この画に対して音楽で答えを出していこう」という気にさせてくれたんだね。「技術」で映画を作る監督も多いけれど、僕にとっての「映画」は本当に少ない。その意味で、グーは「映画監督」なの。

――「映画作家」という意味ですか?

梅林 いや、僕の中では「作家」とは違う。「映画監督」なの。だから、グーに言ったのは「映像に力さえあれば、音楽なんてつける必要ないんだよ」ということ。とにかく、あのオープニングでしょう。茶畑を(俯瞰映像で)撮っている、あそこ。すごい画だなって思った。あそこのシーンの音楽が書けなければ、この映画はできないと思った。何度も見返したよね。で、何度か見ているうちに、スッと(音楽が自分の中に)出てきた。(頭上の空間を指しながら)このへんから出てきた感じ。ようわからんけど、出てきた(笑)。それが嬉しいの。そうやって出てくるのが「映画音楽」なの。この映画の(中国語のオリジナルの)タイトルは「草木人間」っていうでしょ。その「草木」じゃないけど、映画の中に木を斧で切るシーンがあって、あのオープニングを見ながらワシにはその音がまず聞こえてきたんだ。カーンっていうね。メロディーじゃなくて、カーンという音。それがまずイメージにあった。

――あのパーカッシブな音はどんな打楽器を使われているのですか。

梅林 あれは(いろいろな楽器の音を)ミックスした音。ワシの勝手な木を切るイメージの音。普通の楽器では出せないね。その音で茶畑(の映像)に入っていけば、この映画の世界に入っていけるんじゃないかって思ったの。同時に、それが今回のメインテーマになるだろうと。ワシとしては映画の最初(にそのテーマ曲が流れる)だけでもいいと思った。茶畑のところと、あとは最後(エンドロール)だけでいいと。だから、あのメインテーマというのはワシなりのアンサー(回答)だったわけ。「あなたの映像に対して、ワシはこう感じたんだよ」というものをグーに投げたわけです。

グー・シャオガン とても興味深いお話です。

――グー監督は梅林さんのことを「若々しい」とおっしゃいましたが、若い頃の梅林さんのお顔などはご存じですか?

グー・シャオガン ネットでは見たことがあります。

――ここに梅林さんが「EX(エックス)」というバンドを組んでいた時代の1980年にリリースしたアルバム(「Exhibitiion」)のCDがあるのですが、そのジャケットに梅林さんの写真が載っていまして……。

グー・シャオガン (梅林の若い頃の写真を見て)あー、ウメさん! あっははは!

梅林 そんな古いアルバム、持ってきたの(苦笑)!?

グー・シャオガン このCDはまだ発売されているのですか?

梅林 そういう(古い)のは聴かなくていいから(笑)。

グー・シャオガン ウメさん、サインしてください(笑)。

――監督は梅林さんが昔、ロック・ミュージシャンだったことをご存じですか?

グー・シャオガン 知っていました。若い頃、すごくイケメンだったことも知っていましたけれど。もちろん、今もウメさんはイケメンです(笑)。このアルバムはまだ聴いたことがないですね。聴いてみます!

梅林 だから、そういうのは聴かなくていいから(笑)。

――監督はいつ梅林さんの存在を知ったのですか。

グー・シャオガン 大学生のときです。映画「花様年華」(2000)を見たときですね。ただ、「花様年華」を見る前からウメさんの音楽は耳にしていました。「花様年華」の音楽(梅林が映画「夢二」[1991]で書いた主題曲が使用されている)は中国ですごく有名で、いろんなCMにも使われているんです。僕らはウメさんの音楽を先に知った上で「花様年華」や「夢二」を見るというような感じでした。

――中国の映画人は「それから」(1985)で梅林さんが書かれた主題曲も大好きです。特にグー監督の上の世代に当たる映画人たちの多くがあの曲についてよく言及します。

梅林 そうそう。そうなんだよ。ウォン(・カーウァイ)もそう。

――ウォン・カーウァイは好きが高じて、とうとう「グランド・マスター」(2013)で「それから」の音楽を流用してしまいました。でも、グー監督はたとえ「花様年華」の音楽が好きでも、今回、それをそのまま使うようなことはなさいませんでしたね。

グー・シャオガン はい、僕はウメさんにオリジナルの曲をお願いしました。

梅林 今回、グーはチャイニーズ・ロックをいくつか映画の中で使っていたんですよ。「こういうような雰囲気でやりたい」ということで、そういう曲が入ったものを僕に事前に見せてくれていたんだけど、そのセンスがすごくよかったね。パーティーのシーンとか、すごくいい。中国のロックって、どこかまだグローバルな感じがないんだけど、それとは別に、グーは曲の使い方がよかった。グーの中には中国の伝統的な文化がベースにあると思う。でも、今(現代)の映画にもなっている。そこがすごいと思った。「中国の文化はこうですよ」みたいなことがトゥー・マッチ(やりすぎ)じゃない。今の時代もきちんと描いている。そこが映画監督として素晴らしいと思うね。その意味では、ワシも一緒に仕事ができてラッキーだったの。今の時代の映画をやれたことが。

――梅林さんが中国の映画人との仕事を始められて40年近くが経っています。

梅林 グーはワシのことを「おじいちゃんの世代」と言っていたけど、要するに普通で考えれば「あなたはこういう人だったんだよね」という(過去の人の)ポジションなわけですよ。そこへグーがこうして(音楽担当として)声をかけてくれた。もちろんワシは引退なんて考えていないけど、グーのような若い世代から声がかかるなんて本当にラッキーだったと思う。本当に、グーには謝謝、ですよ(笑)。

グー・シャオガン そんな……。こちらこそ、お礼を言わせてください。

――グー監督、このまま梅林さんを簡単に引退させてはダメしょう。

グー・シャオガン そうですね。今回、音楽の録音中、現場に同行したスタッフが映像を送ってくれたんです(構成注:劇音楽の録音セッションは東京で行われ、グー監督は中国で見守る形になっていた)。それを見ただけで僕は泣いちゃいました。今回は、僕にとって、作曲家の方に映画用の音楽を(オリジナルで)書いてもらう初めての経験でした。前作の「春江水暖」ではドウ・ウェイという中国では伝説的なミュージシャンの音楽を使わせてもらったんですけど、それはドウ・ウェイが過去に作った既存の楽曲を使うやり方でした。ウォン・カーウァイ監督が「花様年華」「グランド・マスター」で梅林さんの音楽を使ったやり方と同じだったわけです。でも、今回はウメさんに新しく曲を作っていただけた。スタッフから送られてきた(録音セッションの)映像では、ピシッと白いシャツと黒いベストを着用されたウメさんがオーケストラを指揮されていたんですが、それを見たとき「あ、自分は今、映画の歴史に入り込んでいる」と思いましたね。本当に夢を見ているような気持ちでした。嬉しかったです。僕のような年若い映画製作者にとって、それは大きな励ましであり、大きな感動をもらえた体験でした。

――梅林さん、グー監督の熱意を前にすると、もう20年は映画音楽家として元気にやっていかなければなりませんね。またグー監督と組む日のために。

梅林 そうだね。だから、健康が第一ですよ。日々、美味しいお酒を飲んで、楽しい会話をする。それがいちばんだね。グー、ヘルス・ファーストね!

グー・シャオガン (日本語で)ソウデスヨ、ウメさん、ゲンキに!

梅林 美味しいお茶も飲まないとね。

グー・シャオガン ウメさん、100歳まで元気でいてください!

梅林 謝謝(笑)!

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「西湖畔に生きる」


「西湖畔に生きる」

監督・脚本:グー・シャオガン
音楽:梅林茂
出演:ウー・レイ/ジアン・チンチン
2023年/115分/中国
原題または英題:草木人間 Dwelling by the West Lake
配給:ムヴィオラ/面白映画
©Hangzhou Enlightenment Films Co., Ltd.

9月27日より新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショー


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