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ひかり探して

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小橋めぐみ


そうだ、私は死んだのだった

二十代の頃、ドラマの撮影中に照明さんが私のところに勢いよく近づいてきて、「そのニキビ!照明をどんなに当てても目立っちゃうから。メイクさんにちゃんと消してきてもらって!」と怒鳴られたことがあった。

その時の私は、長時間の撮影が連日続いたこともあって、日に日に肌荒れがひどくなっていた。

あまりの剣幕に呆然としながら、メイクさんのところへ行って、荒れている肌にさらに濃くファンデーションを塗り重ねてもらった。

自分だけの肌荒れだと思っていたものが、スタッフさんの仕事を増やすことになっているのだ、とはっきりと自覚をした。

それ以来、肌荒れには人一倍気をつけているが、それでも撮影に入るのを見計ったように時々、ポツリとできてしまう。

「ひかり探して」で主人公を演じたキム・ヘスは、信じていた人生が壊れてしまった女性を表現するために、ノーメイクで臨んだ。

アイラインを引かず、アイシャドウもマスカラも塗られていない目元に滲む涙の顔が映し出された瞬間、私は同じよう自分が泣いた日を思い出して、胸を突かれた。

涙が滲んだ皮膚の感覚が、ダイレクトに伝わってきた。

ファンデーションなしの素肌に漂う憂いといい、生身の肌からこんなにも感情が漏れ出るものなのだと知った。

この肌の撮り方だけをとっても、パク・チワンという女性監督の眼差しを信頼したくなるし、キム・ヘスの、年齢を重ねてなお美しいプロの肌を見習わねば、と思った。

台風が吹き荒れる日の夜、遺書を残し離島の絶壁から身を投げた少女、セジン(ノ・ジョンイ)。

休職を経て復帰した女性刑事ヒョンス(キム・ヘス)は、少女の失踪を自殺として処理するため、島に向かう。

セジンのスニーカーが絶壁で発見されてはいたが、遺体は見つからないままだった。

島に渡ったヒョンスは、たった一人孤独で苦悩していた少女の在りし日に胸を痛める。

少女はある事件の重要参考人だったため、住んでいた家に監視カメラをつけられていた。

そのカメラ映像を見ていたときに、ヒョンスは発見する。
監視カメラを見つめる少女の表情は、ヒョンスが一年間、鏡の中に見つめていた自分の表情と同じだったのだ。

かつては警察大学出身のエースで、人生が順調満帆だったヒョンスだが、プライベートでは離婚問題を抱え、更には出動中の接触事故によって昇進を逃したばかりか懲戒処分になるかもしれない、という人生の岐路に立たされている。

離婚問題を担当するヒョンスの弁護士は言う。
「一番困るのは、泣きわめく依頼人より、争う気のない依頼人です」と。

長年、夫の浮気を知らず、昇進のために夫婦で話し合って子作りを先延ばししていたのに、それまでも一方的に妻のせいにされ、ありもしない浮気をでっち上げられ、その噂を夫が職場に流したため、職場にさえ居場所がなくなっている。

ヒョンスは自身の境遇と似ている少女の人生に感情移入するようになり、上司の静止を振り切り、次第に捜査にのめり込んでいく。

島の人たちや、少女の保護を担当した元刑事、連絡が途絶えた家族、少女が診てもらった医者、同級生、そして少女を最後に目撃した聾唖の女性。

ヒョンスは一人一人に会い、丁寧に話を聞いていく。
だが関係者も、またヒョンスの上司も、なんの疑問も持たずに少女の自殺を受け入れている。

死ぬような子ではない、という関係者は一人もいない。
しかしヒョンスだけは、少女が死のうとしたことより、生きようとした痕跡を必死で探す。

「死にたかった」と決めつけることで、大切なものは簡単に見落とされてしまう。
「生きたかったかもしれない」と考えたヒョンスは、取り零された隙間を少しずつ見つけていく。

住んでいた部屋の押し入れの隙間に。家族のアルバムの隙間に。
島の人たちが「重要ではない」と思っていた話の中に。
話せなくなった女の胸の内に。
遺書の裏に。

こんなにも見落とされたものがあったのかと愕然としながら、
真実に近づくにつれて見えてくる、より深く静かな悲しみに、全身で震えた。

キム・ヘスにとって「ひかり探して」に出会えたのは運命だったという。
彼女の実の母親の金銭問題が世間に知られ、深く傷ついていた時期に出会ったのが、この作品だった。

タイトルを見て、「そうだ、私は死んだのだった」と思うほど、深い悲しみの中にいた。

シナリオ執筆中から理想の主演女優として念頭に置いていたキム・ヘスの出演が信じられなかったという監督は映画の完成後、「絶望の底にいても、人生を諦めないヒョンスという人物に完全に同化していた」とキム・ヘスを絶賛した。

死のうとまではしなくても、人生を諦めがちな時がある。
周りの人たちに見捨てられてしまったようで、孤独を感じることがある。

けれど周りに見捨てられたように感じても、
誰かは見つけてくれるかもしれない。たとえ今でなくても。

キム・ヘスとパク・チワン監督の出会いが、この映画のストーリーと重なり合う。

人生を諦めないで、と。


「ひかり探して」

監督・脚本:パク・チワン
出演:キム・ヘス/イ・ジョンウン
2020年/116分/韓国
原題:The Day I Died: Unclosed Case
配給:スモモ、マンシーズエンターテインメント

1月15日(土)より渋谷 ユーロスペースほか全国順次公開


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