今年のロカルノ映画祭で金豹賞(グランプリ)に輝いたワン・ビンの最新作。アルツハイマーで寝たきりになり、ほとんど周囲とコミュニケートがとれなくなったひとりの老婆の姿を見つめる。
これは「顔」の映画であり、同時に「時」の映画でもある。わたしたちは当初、ほとんど変化が見られないと勘違いしていた彼女の表情から、やがて多様な感触を得ていくことになる。口が微かに開く、あるいは、目がわずかに潤む。そうした微細な積み重ねが、被写体と、映画を見つめる者との間に、ほとんど理屈を超えた親密感を派生させる。
そばにいる感覚。彼女のベッドサイドに招かれたような感慨。それは、ドキュメンタリーという媒体に対してとかく構えてしまう観客の固定観念がゆるやかに、心地よく崩されていく瞬間に他ならない。映画は、彼女の世話をする女性や家族、見舞いに訪れる人々の姿も次々フレームにおさめていくが、その人たちの生きる時間もまた、変化がないようでいて、空のグラデーションのように淡々と、しかし明確に変幻し、移ろっていることが体感できる。
ワン・ビンはこの前年に完成させた152分の「苦い銭」も含め、長尺作品とコンパクトな映画との間を多彩に揺れ動いているが、世界現代映画史において、もはや確固たる地位を築き上げたかに思えるこの監督自身が、いままさに大いなる変化の途上にいることがゆったりと理解できる87分間であると言えるだろう。
Written by:相田冬二
「ファンさん」
監督:ワン・ビン (WANG Bing)
第18回東京フィルメックス2017 特別招待作品