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俳優には撮影前、自分たちが演じる人物のように実際に暮らすことを求めたという。
「3人にはそれぞれの生活を体験として身に着けることを求めました。フォンは工事現場で働いている人物なので、クー・ユールンには一定の期間現場に行ってもらいました。リマには撮影が始まる半月か1ヶ月くらい前から鳥と一緒に暮らすように言いました。ただ、リマ自身が選んだ鳥はなかなか彼女になつかない上にカメラに慣れなくて、映画では撮影監督の子供が飼っていたインコを使いました。リマはゲストハウスでの仕事も体験したんです。周りはそこまでこだわらなくてもと思っていたようですが、私は潜在的にその人が持っているものや、ここの環境は初めてではなく、ずっとここにいる、という感じがほしかったんです」

さらに、俳優にはそれぞれの役の部分だけの台本を渡し、他の二人が演じるパートを知らせなかったと聞く。
「俳優はその役自身になればいいわけですから、全部の物語を知る必要はないと思っています。それで、俳優には自分以外の役の情報をあえて伝えたくなかったんです。例えば、シューがフォンと一緒に彼の友人の家にご飯を食べに行くシーンですが、彼女はその友人家族とは知り合いでもなんでもないですよね。だから、いきなりあの家に行って食事をするというシチュエーションにしたかったんです。そうすれば演じるときにリアルな感じになりますよね。ですから、俳優のためにわざとそうしたという部分が大きいです」

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3人がスクリーンの向こうではなく、実際に台北の街角にいるように思える理由がわかった気がした。監督の演出や俳優の演技だけでなく、もう一つこの映画の重要な要素は台北という都市だ。台北は監督の生まれ育った街。最初の作品のロケ地として自分のよく知る場所で撮ることはごく自然なことだった。
「台北は、確かに私がよく知っている場所ですし、撮影するのにいろいろ便利でした。ラッキーだったのは撮影監督のヤオ・ホンイー(姚宏易)さんが素晴らしい人で、彼の撮った映像を通して私は台北のまた異なる貌を見ることがきたということです。ご存知のように台北は本当に雑然としていて、建物も通りも現代的なものと古いものが混在しています。典型的な都会の風景が、彼のカメラを通すとこんなにも違うのか、意外と綺麗なところがあるんだ、と感じるようになりました。撮影で訪れたところはどこも好きな場所です」

そうして映された数々の映像を惜しげもなく削って、107分に凝縮しているところに感服させられる。
「最初はやはりどれも残したい、カットしたくないという思いがあって、ものすごく長いバージョンになりました。それを見て短くしていったんですが、そうすると(場面の)繋がりがおかしくなってしまう部分が出てきました。それで他の人にも見てもらって編集しているうちに、フラストレーションが溜まって、もうここもカット、あそこもカット、とどんどん削ってしまいました(苦笑)。そういう作業をたくさん行いました」

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長年師事したホウ・シャオシェン監督から具体的なアドバイスをもらうことはなかったが、学んだものはあったと感じているそうだ。
「以前は監督の撮影現場にいて、何をやっているのかわからない部分がとても多かったんです。例えば、監督は一つのシーンにものすごく時間をかけます。しかも、俳優にはほとんど何も言わないんです。時には一つのシーンを1日かけて撮って、そしてまた同じシーンに戻って5回も6回も撮っていくんです。私も当時は若かったので『さっさと言えばいいのに』と思っていました。それが『黒衣の刺客』の頃には監督の意図がよくわかるようになっていました。今回、自分も監督と同じようにやっていて、撮影クルーみんながイライラしているのがわかりました(笑)。それは私にとってすごくプレッシャーでしたが、今後もできるだけ、このやり方を続けていきたいと思っています」

ホウ監督が「台北暮色」について、エドワード・ヤン(楊徳昌)監督の「台北ストーリー」を引き合いに出して賞賛した話になると「本当ですか!? 死ぬほどびっくり。嬉しいです」と素直に喜びを表した。現在、数作を並行して書いているという脚本が形になる日が楽しみだ。

Written by:小田 香


<プロフィール>
ホアン・シー(黃熙)
1975年、台北市に生まれる。ニューヨーク大学在学中にホウ・シャオシェン監督の「憂鬱な楽園」にインターンとして参加。2001年に帰国後は宣伝広告業界で働き、ホウ・シャオシェンの「黒衣の刺客」、テレビ用の短編映画「House」の製作に関わった。「台北暮色」が監督デビュー作品となる。ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤンを継ぐ注目の女性監督。


「台北暮色」
ホウ・シャオシェンは言う。「現在の台北を描いたのは、エドワード・ヤン以来だ」。女性監督、ホアン・シーのデビュー作品。惹きつけられる、目が離せないカットの数々。台北の街、路地、鉄道、道路、そこに降る雨、そこにある水たまり、その美しさ。もろくも孤独な魂たちが、美しく、強く結ばれるとき。台湾新生代の感覚が鮮烈に表象される。ホウ・シャオシェンが製作総指揮を務めた。A PEOPLE CINEMA第1回配給作品。 キネマ旬報2018年ベストテン67位/アジア映画11位(A PEOPLE調べ)。

監督・脚本:ホアン・シー
製作総指揮:ホウ・シャオシェン
出演:リマ・ジタン/クー・ユールン/ホアン・ユエン
2017年製作/107分/台湾
原題:強尼・凱克 Missing Johnny
配給:A PEOPLE CINEMA

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渋谷暮色 映画「台北暮色」へのオマージュとして

俳優で見る「台湾ニューシネマ×台北暮色」
その1 クー・ユールン
その2 トゥアン・ジュンハオ/ガオ・ジエ
その3 チャン・チェン
「台北暮色」その音・その音楽をめぐって


台北暮色 公式サイト