2017年以降、日本では、エドワード・ヤンの「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」と「台北ストーリー」が相次いで全国的に大ロングラン、「台北巨匠傑作選」も大好評と、80年代を軸とした「台湾ニューシネマ」が熱い視線を集めている。11月24日に公開される「台北暮色」はニューシネマの作家性をもった女性監督ホアン・シーの注目作である。しかし、その世界観を具現化した俳優の存在も忘れてはならない。ここでは演技派の俳優たち(演じる監督も)に焦点をあてて、台湾映画の面白さを展開していきたい。
さて、記念すべき第1回は…台湾映画好きならクー・ユールン(柯宇綸)の名前に聞き覚えのある人は多いだろう。古くは「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」や「カップルズ」などのエドワード・ヤン(楊徳昌)監督作品で、比較的最近ではアン・リー(李安)監督の「ラスト、コーション」や「台北の朝、僕は恋をする」などの作品で、いずれも強い印象を残している。これらは彼の映画出演作のうちのほんの数本にすぎないが、これだけを見ても彼が台湾映画に欠かすことのできない俳優だということがわかるはずだ。
クー・ユールンは派手なスターではないし、“個性派”“名バイプレイヤー”といった修飾語でしばしば語られるように、常に主役を張るような俳優でもない。それでも、いつも心のどこかにあって、ふとした拍子に唐突に思い出されてくるような、そんな不思議な存在感を持っている。「カップルズ」で演じた、不良少年だけれどワルになりきれず、仲間が売り飛ばそうとするフランス娘に恋をしてしまうルンルンは、ちょっと気弱で憂鬱な雰囲気を身にまとう彼の持ち味が見事に反映されたキャラクターだった。ちなみに、この作品でルンルンの父親役を演じたのは、映画監督でもある彼の実の父親クー・イージェン(柯一正)だ。
さかのぼると、彼が6歳のときに出演した、父親の監督作品「帶劍的小孩」にはエドワード・ヤンがゲストとして顔を出している。さらに言えば、彼が俳優を目指すきっかけは、エドワード・ヤン監督作の「台北ストーリー」の撮影現場に出演する父に連れられて行ったことだったという。親が映画監督で俳優なのだから、別に驚くような結びつきではないかもしれない。それでも、あらかじめ決められていたかのような彼らの縁は、特別に深いものだったのだと思いたくなる。その縁は監督の遺作となった「ヤンヤン 夏の思い出」まで綿々と紡がれていった。
その後もほぼ途切れることなく映画出演を続け、着実に進化しているクー・ユールンの最近の一作が新人ホアン・シー(黄煕)監督作の「台北暮色」だ。故郷を出て台北に流れてきて、古い建物の解体現場で働きながら車で寝泊まりする生活を続けるチャン・イーフォン(張以風)は一見、彼自身とは共通点はまったくないようだが、彼の幼い頃の体験が色濃く投影された部分があるそうだ。イーフォンは主役の一人ではあるものの、能動的に物語を引っ張っていくことはなく、どこか傍観者として存在しているかに思える。心に屈託を抱えながら多くを語らない彼のような人物を、クー・ユールンはこれまでにも多く演じてきた。キャスティングに際して監督が彼を真っ先に思い浮かべたというのは十分納得がいく。
この作品のプロデューサーを務めたホウ・シャオシェン(侯孝賢)とも、クー・ユールンは当然ながら仕事をしている。1986年の「恋恋風塵」では子役として、2005年の「百年恋歌」にはゲストとしての出演にとどまるが、台湾ニューシネマを代表する監督の現場を体験したことは大きな糧となり、確実に現在に繋がっているのだと「台北暮色」を見て改めて実感させられた。
文:小田香
「台北暮色」
2018年11月24日(金)~東京 ユーロスペース他全国で公開中
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俳優で見る「台湾ニューシネマ×台北暮色」
その1 クー・ユールン
その2 トゥアン・ジュンハオ/ガオ・ジエ
その3 チャン・チェン
その4 スー・チー
その5 ホウ・シャオシェン
その6 エドワード・ヤン