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俳優で見る「台湾ニューシネマ×台北暮色」その4
スー・チー

監督や男優ではなく、女優から台湾ニューシネマを語ろうとするのは難しい。エドワード・ヤン(楊徳昌)の作品で世に出て、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督とも組み、今も第一線で活躍を続けるクー・ユールン(柯宇綸)やチャン・チェン(張震)と同じような経歴の女優はなかなか見当たらないからだ。そんな中で、スー・チー(舒淇)にはやはり触れないわけにはいかない。今回はいったん「台北暮色」から離れ、彼女にスポットを当ててみたい。

ご存知のようにスー・チーは台湾出身ではあるが、女優としての彼女を見出したのは香港映画界だった。男性誌から出したヌード写真集がきっかけで、1996年に香港で活動を開始すると、この年に出演した全5作のうちの一作「夢翔ける人/色情男女」で転機を迎えた。ピンク映画界を舞台にしたレスリー・チャン主演作で見せた彼女の演技が高く評価されて、第16回香港電影金像奨で最優秀新人賞と助演女優賞をW受賞。セクシー女優だったスー・チーが、自身を彷彿させるような役柄によって演技者として大きく飛躍したのは感慨深い。それからは香港映画界で多い年で1年に10本もの映画に出る人気スターとなり、現在まで20年以上も休むことなく精力的に出演を続けている。さすがに最近は本数が減ってはいるものの、出演作のない年がないというのはすごい。

ただ、そのフィルモグラフィーを見てみると、90本近くに上る出演作は香港映画がほとんどで台湾映画は数えるほどしかない。台湾映画界は近年こそ商業的に大きな成功を収める作品も生み出され、やや上向きになってはきたが、かつては劇場に行っても台湾映画が1本も上映されていない状態が珍しくないという冬の時代があった。しかし、俳優には国や地域は関係ない。自分を求めてくれる監督がいて、自分が演じたいと思う役柄があればどこででも活動できる。まして香港や大陸は同じ中華圏。そこで多くの台湾俳優が活躍するのは当然のことだろう。

それでも、スー・チーにとって絶対に外せない作品はと言えば、それはホウ・シャオシェン監督との作品だ。監督と初めて組んだ2001年の「ミレニアム・マンボ」で演じた刹那的に生きるホステス、ビッキー役はスー・チーにとって第2の転機となった。完成試写の際、彼女は自分がビッキーとしてスクリーンの中で生きている姿を目にして涙したという。この作品は監督には「悲情城市」以来2度目となる金馬奨監督賞をもたらし、彼の新たなミューズとなったスー・チーは2005年、「百年恋歌」で再び監督作品に出演。3つの時代に生きたまったく違う3人の女性に扮して心に沁み入るような演技を見せ、第42回金馬奨最優秀主演女優賞を初受賞した。どんな役にもスー・チーが本来持つ天真爛漫でコケティッシュな魅力が感じられるが、ホウ監督の作品の中ではそれに加えて、哀しみと諦念、断ち切れない情といったヒロインが抱える複雑な感情が際立ち、見る者を強く惹きつける。

その後、監督との2本の短編作を経て、美しい暗殺者役を演じた2015年の「黒衣の刺客」で彼女の魅力は極まる。ホウ監督は第68回カンヌ国際映画祭で監督賞を獲得。これは様々な国際映画祭で受賞経験のある監督にとっても初の栄誉で、台湾の監督としてはエドワード・ヤン以来二人目の快挙だ。彼女自身は受賞を逃したものの、10年ぶりにカンヌで主演女優賞候補となり、世界にスー・チーの存在を改めて示した。「監督から、自分ともっと早く出会っていれば、より素晴らしくなっていただろうと言われたんですが、監督には最も良い時期に会うこと、それが一番重要だと言いたいです」という言葉で謝意を表したスー・チー。彼女の演技人生がホウ・シャオシェンとの出会いによって、一層輝きを増したことは間違いない。

文:小田香


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「台北暮色」
2018年11月24日(金)~東京 ユーロスペース他全国で公開中

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