*

PEOPLE / アクタン・アリム・クバト
 キルギスの文化を放ち、
映画を観るものたちを解放する

photo by:塩原洋

中央アジア、キルギスに世界的に知られるひとりの映画作家がいる。アクタン・アリム・クバト。アクタン・アブディカリコフの名前で記憶している映画ファンも多いかもしれない。最新作「馬を放つ」は、ある伝説を信じ、夜な夜な厩舎に忍び込んでは馬を盗み、野に放つ男の末路を見つめている。主人公は元映写技師だ。頑固な夢想家であり、一途なドン・キホーテでもあるこの男、映画の映写をめぐっても大きな悶着を起こすのだが、馬を放つことと、映画を上映することは、どこか底辺で結びついているのかもしれない。

* *

「最初に“馬は人間の翼である”というキルギスのことわざが出てくる。遊牧民であるキルギス人にとって馬は単なる動物を超えて、文化の一部。たしかに“私たちの夢”かもしれない。だから“翼”と呼んでいるのだろう。映画の世界も夢の世界。ただ、最近は他国からの影響が多く、キルギスの文化が薄くなっていると感じる。『馬を放つ』というのはつまり“キルギス文化を放つ”ということでもある。自分なりに伝統文化を大切にしたいんだ。オリジナルタイトルは主人公の名前“ケンタウロス”だが、日本のタイトルのほうが気に入っていてね(笑)。放つ=自由にさせる。精神を自由にする、とてもいい響きだ。日本語はわからないけど。風の音も響くし、スピードも感じる。日本の配給会社のみなさん、いいタイトルをつけてくれてありがとう!」

*

馬が人間の翼なら、映画は夢の翼だ。

アクタンの映画の日本語タイトルを列挙するとあることが浮かび上がる。「ブランコ」「あの娘と自転車に乗って」「馬を放つ」……すべて人間が“乗る”ものがモチーフになっている。

* *

「考えたことがなかったな。どれも好きなものばかりなんだよ。潜在意識で、自分にとって価値があるものを選んでいるのかもしれない。きっと、大事なものがそこにあるんだろうね。自分なりに考えてみると、<RIDE=乗る>というより、<FLIGHT=飛んでいる>ということかもしれないな」