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PEOPLE / ジャ・ジャンクー
古い世界から新しい世界に入ることを描きたかった

Photo by : 丸谷嘉長

長編劇映画としては9本目となる「帰れない二人」は、映画作家ジャ・ジャンクーがついに辿り着いた女性映画と言える。

処女作「一瞬の夢」は、大島渚を彷彿とさせる鮮やかな登場だった。それが最新作「帰れない二人」では、成瀬巳喜男の熟成を体感させる。2001年から2018年、すなわち21世紀そのものを背景に、一組の女と男の別離と邂逅の反復を紡ぐこの映画を「浮雲」と比較するのは、ひとまず慎もう。だが、成瀬の映画がそうだったように、これは紛れもなく女性映画であり、女優映画である。

第2作「プラットホーム」以来、8作にわたってヒロインを演じているチャオ・タオが「青の稲妻」「長江哀歌」に連なる女性像を演じていることはまず大きい。だが、そのこと以上に、女優チャオ・タオと監督ジャ・ジャンクーの永きにわたって育まれた信頼関係がこうした到達をもたらしたのではないか。

たとえば、序盤の主人公、チャオチャオの姿。ひとり部屋でハエたたきを片手にハエを目で追うその様は、所作、表情、そして時間が三位一体を形成し、この世でただひとつの生命力を提示している。キュートで、ふてぶてしく、あっけらかんと、ひたむき。悲壮感に転ぶことのない生命力は、17年間に及ぶメロドラマに観客が「同行したい」と思わせる吸引力にあふれている。

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「キャラクターで時代を物語る。これは『山河ノスタルジア』から考えるようになった手法です。だからハエたたきのご感想はとてもうれしい。「新たな人物」を創り上げる。これは新たな時代をどうやって物語るか、ということ。大きな時代の背後には、必ず、特殊な、斬新な人物が現れる。たとえば魯迅の時代なら「阿Q正伝」。チェーホフの時代だったら「カメレオン」。文学でも傑作の中では、そのような人物、事象が現れている。『帰れない二人』の中での女性の強烈なイメージは、私がこれまで撮ったことのなかった裏社会という背景事情からきています。かつての裏社会ではなく、現在の裏社会の物語。中国大陸には現代の裏社会を扱ったものはほとんどない。チャオチャオは新たな時代を「語る」キャラクターとして登場するわけです」

2001年は監督にとって重要な年である。中国がWTO(世界貿易機関)に加盟し、北京オリンピックが決定し、インターネットが社会や家庭に入り込んだ。「ただ単に新しい世紀が始まっただけではない。大きなライフスタイルの変更をもたらした。人の心の中の変化にも影響を与えていった」と振り返る。

「『帰れない二人』はラブストーリーを通して、古い世界から新しい世界に入ることを描きたかった。古い社会の処世術を心得ていて、人としての決まりを大切にしていた二人が新しい社会に入っていったとき、どうなるのか。チャオチャオは自分の愛が壊れていく時代にちょうどいます。それまでは自分なりの、昔ながらの愛の世界を持っていた。でも彼女は新しい時代の中で半分は、過去の人となっている。つまり、昔の人間がいま、新しい時代に暮らしているようなもの。別な言葉で言えば「若い老人」。別にケータイが使えないとか、ネットができないとか、そういう意味ではなく、情感として「老人」であるということです」

時代の変化。それを監督は観客の反応で痛感したという。

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