「はちどり」は、キム・ボラ監督がアメリカ・コロンビア大学映画科大学院の卒業作品として撮った短編「リコーダーのテスト」(2011)の続編ともいえる作品だ。「リコーダーのテスト」は小学生の少女ウニが兄のお下がりのリコーダーで練習を重ねる日々の中で、不仲な両親や暴力的な兄との関係などが綴られる短編で、米国監督組合学生映画賞やウッドストック映画祭学生短編映画部門大賞などを受賞。この「リコーダーのテスト」のヒロイン、ウニの中学生バージョンを撮りたいというのが「はちどり」のスタート地点だった。2013年のシナリオ完成から2018年の公開まで、5年という長い時間と手間ひまをかけて丁寧に撮り上げている。
「本当に長い時間をかけて準備してきました。製作費を節約するためにずっとひとりでリサーチをしました。1994年に関連する書籍や写真、実際に放送されていたニュース映像をたくさん集めて、すべてを時間帯別に整理し、その中でこの映画に合うものを選びました。当時流行していた音楽もとりあえずいろいろ聞いてみて、その中からウニが好きそうな曲を選んで映画のトーンに合わせたり。低予算映画なので、お金がない分、時間をかけて一生懸命足を運んで調査するしかないんです」
映画の完成度を高めるために努力を惜しまないキム・ボラの熱意はスタッフにも十分に伝わったのだろう、ウニの家族が住むアパートや街並み、部屋の中に至るまで1994年がそのまま再現されている。あまりにも自然な背景に観客はすんなり物語に没入してしまうことになる。背景がわざとらしく見えてしまうとウニの気持ちに寄り添えなくなってしまうからだ。日本におきかえると昭和の時代を描くのに近い感覚といえるだろうか。
「例えば、ウニが背負っている黄色いベネトンのカバンは、90年代にある特定の地域でとても流行ったカバンでした。なかなか見つけることができなくて、演出部のスタッフが中古市場を回ったり、インターネットで探し出してくれました。ウニの両親の部屋にかかっている絵は私の実家の倉庫にあったもの、下駄箱は美術監督の実家にあったものです。両親の世代ってなかなか物を捨てないじゃないですか(笑)。いちばん大変だったのは場所でした。ソウルは移り変わりがとても激しい街で、再開発で変わってしまったところが多いのですが、江南(カンナム)エリア(映画の舞台となった地域)に再開発が中断されて90年代に建てたそのままの姿で残っている団地があったんです。そこで撮影をしたんですが、私たちの撮影が終わってほどなく取り壊されて……。撮影できて本当にラッキーでした。ウニが行く“セソウル病院”も、私がバスに乗っていたときに偶然通り過ぎた古びた病院なんですが、なぜか内部も90年代そのまま残っているんじゃないかと思っていきなり訪ねてみると、やっぱり30〜40年間、内装を替えたことがないという病院で。ほぼそのままの状態を利用して撮影しました。低予算なのでスタッフが本当に苦労してくれたと思います」