「青春-苦-」
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佐藤結
ワン・ビンが撮り続けている中国の“今”は、
間違いなく私たちが生きる世界にもつながっている
「工場」と呼ぶにはあまりにも狭い部屋に響くミシンの音。そこで働く若者たち(ときどき若くない人もいる)は、朝8時から夜11時まで、ズボンや上着といった子ども服を作り続ける。
1日中、ミシンの音がやむことはないが、彼ら彼女らは手を休めずに言葉を交わし、タバコをくわえ、ときに恋の駆け引きが見られたりもする。
映画監督ワン・ビンは部屋の片隅で静かにカメラを回している。
9時間以上におよぶ3部構成のデビュー作「鉄西区」(99-03)で世界を驚かして以来、それぞれの場所で生きる中国の人たちの姿を見つめるドキュメンタリー映画を作り続けてきた映画監督ワン・ビン。
50年代末に起きた“反右派闘争”を振り返る「鳳鳴−中国の記憶」(07)、「無言歌」(10/劇映画)、「死霊魂」(18)、雲南省に暮らす少女たちの生活を記録した「三姉妹〜雲南の子」(12)、雲南省の精神病院内で撮影を行った「収容病棟」(13)といった作品が日本でも公開されてきた。
昨年公開された「青春」(原題には「春」という副題がついている)に続く、「青春-苦-」、「青春-帰-」は、長江の下流に広がる一大経済地域に位置する浙江省織里(しょくり)に密集する小規模な縫製工場で働く人々をとらえたドキュメンタリー。
撮影は14年から19年にかけて行われ、2600時間にもおよんだ映像素材から選ばれた20分程度のエピソードを積み重ねながら、彼ら彼女らが送る掛け替えのない日々を見せる。
制作開始当初からスケールの大きな作品になると予感していたというワン・ビン監督は、プロデューサーからの要請により、同じ織里を撮った「苦い銭」(16)を先に完成。
こちらは、「青春」3部作よりも少し年長の労働者たちが登場する作品となっている。
過酷な労働環境のなかでも失われない若者たちのエネルギーが感じられた「青春」の翌年に発表された「青春-苦-」では、タイトル通り、労働者たちの苦難にスポットが当てられる。
1週間にたった一晩(1日ではない!)しか休みがないなかで働く彼ら彼女らの給料は半年ごとの後払いで、その度に、服1枚の単価の値上げを社長に掛け合う。
服のサイズや加工の難易度を加味してほしいと交渉するが、自身も生地屋などへの支払いを抱える社長はなかなか首を縦に振らない。
やきもきしてしまうシーンが続くが、一方で、結果的にごくわずかな値上げだったとしても、毎回、労働者たちが集団で堂々と交渉する姿は健全で、どこか清々しくもある。
「青春-帰-」では、カメラは織里の工場街を離れ、春節の休みを利用して故郷に向かう人々に同行する。
電車と車を乗り継ぎ、数日をかけて戻った娘や息子を迎える家族たち。
休みに合わせて行われた結婚式。
ミシンの音から離れた若者たちはほっとした表情を見せるが、家々の暮らしぶりを見ていると、誰かが都会に働きに出なければ、家族の生活が立ち行かないであろうこともよくわかる。
そして、家を離れて出稼ぎに出ている人たちにとって、春節がどんなに大きな意味を持つのかということも。
ワン・ビン監督の映画を見ていていつも感じるのは「いったいどうやって撮っているのだろう」ということだ。
どの作品でも、カメラと被写体の距離が近く、かつ、被写体がカメラの存在を忘れているかのように自然にふるまうため、映画を見ている私たちも、まるでその場にいるかのように錯覚してしまう。
プレス資料によれば、基本は「静かに部屋の隅に座って、カメラから目を離さず、じっと見続けること」だそうだが、それに加えて、彼自身の視線の確かさと、カメラに映らない場所での細やかなコミュニケーションが、こうした撮影を可能にしているのだろう。
突然、その場を離れる被写体を追って階段を駆け上がるような場面もあり、予測能力と運動神経にも驚かされる。
1967年生まれのワン・ビン監督は、「ドキュメンタリー作家 王兵 現代中国の叛史」(ポット出版プラス)に収録されたインタビューの中で「短期間の激変の全てを経験しているのはまさに僕らの世代なんです。
だから、猛スピードで大きく変わる社会とそこに生きる人々を撮らないわけにはいかない。“今”を撮るのは、自分の世代しかないと思うんです」と語っている。
彼が撮り続けている中国の“今”は、間違いなく私たちが生きる世界にもつながっている。
織里で作られているのは、主に国内向けの子ども服だが、映画を見終わっても耳に残るミシンの音は、私たちが身につけているすべての服が、世界のどこかで誰かの手によって作られていることを何度も思い出させる。
「青春-帰-」
「青春-苦-」
監督:ワン・ビン
2024年/226分/フランス・ルクセンブルク・オランダ合作
英題:Youth (Hard Times)
配給:ムヴィオラ
「青春-帰-」
監督:ワン・ビン
2024年/152分/フランス・ルクセンブルク・オランダ
英題:Youth (Homecoming)
配給:ムヴィオラ
© 2023 Gladys Glover - House on Fire - CS Production - ARTE France Cinéma - Les Films Fauves - Volya Films – WANG bing
2025年4月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開