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ANIMATION
「英國戀物語エマ」
小林常夫の演出・梁邦彦の音楽
その到達点の凄さ

19世紀末のロンドンを舞台に、メイドのエマと上流階級の跡取り息子ウィリアムの身分違いの恋を描いたアニメーション「英國戀物語エマ」。森薫の漫画「エマ」を原作に制作され、2005年4月から放送された。監督は小林常夫、アニメーション制作はぴえろという、「十二国記」を制作したメンバーの作品だが、「十二国記」にアニメーションプロデューサーとして携わった押切万耀さんの名前はクレジットされていない。「『エマ』は、自分と一緒に歩んできた制作を担当にしようと考えて進めたので名前は出してないのです。基本的に僕の制作班が作っていて僕自身はバックアップする形でした」というのが本人の弁。
「ロンドンには3泊5日くらいだったんですけど、メインスタッフでロケーションに行ってきました。昔と違い海外にロケーションで行くというのは珍しかったのですが、小林監督のこだわりで現地で本物の空気を体感して作りたいという思いが強かったので。当時の建物はドアのノッカーがすごく高いところについていたりするのですけど、それは馬に乗ったまま使うからなんです。そういうものは実際に見ないと気づけない。馬に乗る文化ということをふまえて『エマ』では門の高さもちゃんと馬に乗っていて通れるようになっているはずです。そういうことをちゃんと形にしようと思いましたね」

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晴れの日がほぼないというロンドンの街の空気感も実際に行ったからこそ感じられたことだ。作品ではこの空気感を表現するためにディフィージョンという画面処理がされており、背景とキャラクターの輪郭線が柔らかい感じに見えるようになっている。小林監督のとても好きな手法で、エマとウィリアムとの微妙な距離感が終始持続するこの作品の雰囲気にもとても合っている。ロンドンの街並みや当時の生活については原作の漫画でもかなりのこだわりを持って描かれているが、小林監督のこだわりも細部にまで行き届いている。
「アニメーションは日常的な動きを表現することが意外と大変なんですよ。歩いたり、立ち上がったり、振り向いたり、何かを取ったりする動作ってすごく手間がかかるんです。『エマ』に関しては小林監督が違和感のない動きをきちんと描こうとしているので、ティーカップを持つ仕草一つにも通常のアニメーションの倍以上の枚数をかけて作っていますし、スカートがくるっと回る様子にもきちんとした絵を描き続けることによって、エマの世界観が表現されていると思っています」

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完成度の高い原作を忠実かつ丁寧に表現できる尺があったという点においてもとても幸福な作品だった。原作の5巻分くらいを1クールで放送するのが通常の中で、1〜2巻のみを全12回のアニメーションにしたのだ。考えられない贅沢さである。後に「英國戀物語エマ 第2幕」が制作されるが、こちらは原作の3〜7巻を全12回で描いている。第1幕制作時点ではまだ原作は完結しておらず、実は続きの制作があるかないかは確定していなかったそうだ。だから、続編が決まった時、「たまたまうちではやれる状況じゃなかった」ということで、第2幕は小林監督の元々所属していた会社が制作を担当している。

また、製作委員会方式で制作されたということも作り手にとって幸運だった。この作品では、オープニングとエンディング、さらに作品中のBGMのすべてを梁邦彦が担当しているが、そのいずれもがインストゥルメンタルである。歌手の主戦場であるアニメ主題歌の中でこれはかなり異例のことで、そもそもそういう作品であるという前提に出資者を集める形でなければ難しかったであろう。
「オープニングの曲のデモを聞いた時、あれはもうベストでした。本当に梁さんが小林さんの作りたい映像のことをわかっていてくれていて、さらに原作から受けた印象を全部入れてくれた。僕はもう何年もこの仕事をしてきていますけど、本当に今までの中でもあのオープニングはベストかなって思うくらいです」

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小林監督と梁邦彦は前作「十二国記」でもタッグを組んでいる。しかし、アジア的な世界観を壮大に表現した「十二国記」の楽曲とは全く別の梁邦彦の力量がこの作品では存分に発揮されている。「作っている僕らもあのオープニングを聴くとしゃんとする」と押切さんは表現したが、確かにあの曲には、19世紀末のロンドンへ、そしてロマンティックでありながらも簡単ではない身分違いの恋の世界へと誘う強い力がある。
「BGMについても基本的には「十二国記」と同じ作り方でした。まず原作を読んでもらって監督がこんなのがほしいと伝えて。普通はたとえば戦いの音楽、悲しい時の音楽といろいろ発注する時にリストを細かく作って作曲してもらうんですけど、『エマ』は梁さんにいくつか曲を作ってもらってそれをシーンに当てはめていく形でした。エンディングのリコーダーも本当に良くて、あの曲で今日はもう終わりなんだって思いますよね。梁さんはその作品に合わせた楽器の使い方もすごく上手だなって思います。すべての楽曲を手がけたことで、梁さんの持っているアーティストとしての世界がすごく出せたと思います。たぶんこういう作品はほとんどないでしょう。作る側としてはすごく面白かったですね」

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押切さんの中でも「英國戀物語エマ」は作り手の意向をある程度形にすることができた作品だという。
「小林監督の持っているものをちゃんと形にできた作品なんじゃないかなということは強く思っていますし、もう一回あれやれって言われても今の商業ベースの中ではなかなかできないでしょう。作るという事柄に関して作り手側にかなり融通を利かせていただいた作品だったんじゃないかな。最初にこういう風にしたいああいう風にしたいと話していたことって制作していくと断念しなければならないことが出てきてしまったりするんですけど、『エマ』に関しては思っていたことがかなり形にできたと思います。そういう仕事ってなかなかない。本当に小林監督すごいと思った作品です。それでも小林監督にとっては足りなかったとは思うんですけどね」

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photo by:野﨑 慧嗣

Written by:濱野奈美子


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