MOVIE / COLUMN
「あなたを、想う。」公開 連載(全3回)
「女優と監督の間」
第1回 女優シルヴィア・チャン

シルヴィア・チャンが女優からキャリアをスタートさせ、映画監督としても才能を開花させたことは多くの人が知るところだ。近年は特に監督作品で存在感を示しているが、作品の数から言えば当然ながら女優としての出演作が圧倒的に多い。70年代に映画デビューし、1年に10本以上の作品に出演する年もあったほどで、本人も「100本以上出演しているから、自分では全然覚えていない作品も多い」と笑う。

だから、女優シルヴィアを振り返ったときに、思い浮かぶ姿や作品は人によって様々だろう。80年代後半に香港映画にどっぷりはまった者としては、まず「悪漢探偵」が思い出される。香港映画の黄金期を代表する人気アクション・コメディシリーズで彼女が演じたのは男顔負けの活躍をする女刑事。細かいところまでは覚えていないが、当時流行っていた、ちょっとキツめのメイクと生き生きとした表情、キレのある動きが印象に残っている。香港映画ではほかに「上海ブルース」や「過ぎゆく時の中で」「フルムーン・イン・ニューヨーク」などに心震わされた。70年代の作品はほぼ未見なのが残念だが、今思えばこれらの作品だけでも十分彼女の演技を堪能できたのだと実感する。

同時に、出身である台湾でも映画に出演している。娯楽色の強い香港作品とは違い、文芸作品が中心となっている。中でもその女優人生で触れないわけにはいかないのが、エドワード・ヤン監督の長編デビュー作「海辺の一日」だ。ヒロインを担った彼女は、瑞々しい青春時代と悩みの多い現在の姿を的確に演じ、内に抱える思いを巧みに表現した。撮影現場では、気難しいとの評判通りに監督が怒鳴りまくってカメラマンが逃げ出し、シルヴィアが追っていって彼を連れ戻すと、さらに監督が怒って出ていき、彼女がそれをまた追いかけるという状態だったという。そんな監督のことを「完璧主義もいいんですが、ちょっとしたキズも許せない人なんです。そうなるともう全部ダメ、いらないとなってしまうんです。彼には映画がすべて。映画しかない人でした。とてもつき合いにくかったけれど、才能がある。本当に素晴らしい才能でした」と愛情を込めて語る。

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「上海ブルース」

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「妻の愛 娘の時」

この作品に限らず、多くの映画で意思の強い利発な女性を演じて光るシルヴィアだが、普通のスター女優とは違い、ことさら自分を強く印象付けようとはしていない。スクリーンで見る彼女が常に作中人物として自然に呼吸をしているように感じられるのは、客観的な視点によるところが大きいように思える。そんな客観性のためか、演技をするうち「この場面で自分ならこんなことは言わない」とセリフに違和感を覚えると共に「自分が脚本を書いて演出するとしたらこうする」とも思うようになったそうだ。こうしたことを考えれば、女優デビューから10年足らずで監督に乗り出したのは自然なことだと言えるだろう。

映画監督となって実績を積んで名声を確立した後も、演技をおろそかにすることなく女優として活躍を続けているのは彼女だからこそできることかもしれない。2019年は台湾のトム・リン監督が手がけたマレーシア映画「夕霧花園」に出演。リー・シンジエ演じるヒロインの老年期を演じた。インタビューの際、これについて「彼女は私の娘のような存在ですから、引き受けるしかなかったんです(笑)。若手の監督と仕事をするのは楽しいですし、彼らがオファーしてきたら助けになりたいと思っています。ただ、彼女は阿部寛と共演しているのに、私は老後(のシーン)だから、彼を見たこともなくて『阿部寛ってどんな人なの?』と聞いていました」とユーモアを交えて話す顔からは、長らく第一線で映画に携わってきた者の余裕が感じられた。

「紙に書かれた脚本の中の人物に命を吹き込むのが俳優。俳優がいてこそ人物を立体的にできる。だから俳優には、体ではなく魂を現場に連れてきてほしい」と語るように、自身も常に心を込めて演技をしてきたシルヴィア。2017年の監督作「母の愛、娘の時」では妻・母・娘の3つの役割を担う主人公を自ら演じて高い評価を受けた。その前の監督作「あなたを、想う。」には出演はせず、リー・シンジエを主人公の若い母親役に起用。この役には“情熱的でこだわりがあると感じられる人”を求めていたという。それはまさしくシルヴィア自身であり、少し前だったら彼女が演じていたであろうと思われる役だ。本人が出演していなくとも、そこには確かに女優シルヴィア・チャンの魂が刻印されている。

Written by : 小田香


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