人には誰しも自分にとって居心地のいい場所、一番自分らしく居られる場所、というものがある。それはある人にとっては、住み慣れた部屋かもしれないし、何年も帰っていない故郷の家だったり、あるいは特定の場所ではなく、大切な人の隣だったりするのかもしれない。
「あなたを、想う。」は家族や愛する人への言いたくとも言葉にできない想いが全編を貫いている。それと共に、“場所”を巡る映画でもあるのだと、何度か見るうちに思えてくる。主人公の兄妹が生まれ育った緑島は、中でも主役の一つとも言ってもよい。魚が群れ泳ぐ青い海、風にそよぐ草花、光がかすかに届くだけの海底など、自然の美しさが印象的だ。だがそれ以上に、深く意識しないままに居場所を探し求める主人公たちの姿に、強く心を動かされずにはいられない。
映画の冒頭、ユーメイが昔流行ったドラマの主題歌「台北的天空」の一節を口ずさみながら手を伸ばしたのは、台北の晴れた空。ランドマークである超高層ビル、台北101が見える。その青い空は緑島の空とは違うのだろうか。大人になったユーメイにとって、緑島は懐かしい場所ではなく、かと言って台北も安息の地ではなさそうだ。ただ、母が願ったように絵の才能を伸ばし、まがりなりにも画家となった現在は、台北こそがユーメイの生きる場所であることには違いない。恋人のヨンシャンと歩くオレンジ色の街灯に照らされた夜の通り、家に帰るために乗るMRT、記憶の片隅に残っていた小さな食堂、隙間なく駐輪されたおびただしい数のバイク。どれもがよくある台北の風景だ。
それに対して、父と共に緑島に残された兄のユーナンは成長後、島から近い本土の台東の旅行会社で働き、母をよく知る教会の牧師に家庭を持つよう勧められながら、一人で暮らしている。時間があるときは黙々と走り、都会は好きじゃないからと、たまに会社の会議で訪れる以外では台北に出る気はない。
それでも台北は、人生で滅多に起きないような大きな体験をユーナンにもたらす。出張先の台北で台風に遭遇し、身動きが取れなくなった彼は不思議なバーで酔い、緑島にいる母と夢で会う。子供がいなければすぐにでも島を出たいと望み、広い世界を夢見ていた母。ユーナンの幻想の中では、思い通りの人生を送ることができなかった彼女とは違い、息子と娘を分け隔てなく愛する母親で、それはきっと単なる幻でも彼の願望の表れでもなく、母の実像だったのではないか。兄妹のために服を縫い、ご飯を作り、お話を聞かせる。そんな母の思い出が、その後再びユーナンの中にはっきりと甦るのも台北だ。
台北は様々な人々が行き交う大都会で、多くの映画の舞台になってきた。そうした映画の中でまず思い浮かぶのはエドワード・ヤン監督の作品だ。監督の紡ぐ世界では、都会に生きる人々の心のうつろいが、高層ビル群の磨かれた窓ガラスの向こうに見え隠れする。そこが最上ではないとしても、彼らは台北で成長して、一時的に海外へ出たとしても戻って来れば台北で生活し続ける。他の選択肢などないというように。
ユーメイは(おそらく恋人のヨンシャンも)、別の土地から自分の意思とは関係なく来た台北で、不安定な中で自分の居場所を築く。空はいつも青く澄み切っているわけではなく、重く垂れ込めた曇り空の日もある。そこには緑島で見るようなきらめく光も深い海もない。だが、兄妹もヨンシャンも互いの中にそれぞれ居場所を見出し、相手を想うことで揺らぐことのない場所を手にした。そこが台北であろうと緑島であろうと、実は彼らには関係ないのだろう。「台北的天空」の歌詞にあるように、「私は自分の場所にまた戻って来て」、そして「ただ、あなたと時を過ごしていきたいだけ」なのだ。
Written by : 小田 香
「あなたを、想う。」
監督・脚本:シルヴィア・チャン
脚本:蔭山征彦 撮影:リョン・ミンカイ
出演:イザベラ・リョン/チャン・シャオチュアン/クー・ユールン/リー・シンジエ
©Dream Creek Production Co. Ltd./ Red On Red
12月21日(土)より東京 アップリンク吉祥寺、2020年1月24日(金)より京都 出町座、1月25日(土)より大阪 シネ・ヌーヴォにて公開 以降順次全国公開
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