MOVIE / COLUMN
「あなたを、想う。」公開 連載(全3回)
「女優と監督の間」
第2回 監督シルヴィア・チャン

女優シルヴィア・チャンが演じるだけでは飽き足らず、演出を手掛けるようになった最初のきっかけは、第1回で触れたようにセリフへの違和感だった。それはいわば反面教師のようなものだったと言える。このことについて彼女は「私は専門的に映画の勉強をした訳ではありません。全て現場で学んできました。ですから、どの監督、どの現場も私にとっての先生だったと言えます。ただ、私も長年やっているうちに分別がついてきて、この監督のこういうところを自分も取り入れよう、この監督のこういう部分は違うなといったことがわかるようになっていきました」と語った。
 さらに「いい監督も悪い監督もみんな私の先生」と言いつつ、それでも特に大きな影響を受けた監督としてふたりの名前を挙げた。ひとりはキン・フー監督だ。韓国で1年にわたって撮影された1979年の作品「山中傳奇」に出演した際の経験が大きかったそうだ。「監督は同時期にもう1作(「空山靈雨」)手がけていて、撮影がないときはそちらの現場に行って学んでいました。監督からは時代劇のメイクや着付け、美術などを勉強しなさいと言われたんです。ほかにも煙幕をどう焚くかなど、そうしたことをその1年の間に学ぶという、またとない機会を得ました」と振り返る。
「そして、もうひとりはもちろんエドワード・ヤンです」と言って、前回紹介した「海辺の一日」の撮影時のエピソードを話して聞かせてくれた。巨匠と天才、ふたりの監督との現場がシルヴィアを導き、彼女は自分だけの言葉をスクリーンに映し出すようになる。1981年に「舊夢不須記」で監督デビューを飾ると、1986年の「最愛」は自身が脚本と主演を手がけ、香港電影金像奨と金馬奨で主演女優を受賞。受賞はならなかったが、金馬奨では監督賞候補ともなった。友人と、その亡き夫を巡る過去の微妙な三角関係を綴りながら、女性の心理のあやを巧みにすくい取った作品は、その後も女性と家族を主題に映画を撮り続けるシルヴィアの監督としての覚醒を感じさせる。

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「君のいた永遠(とき)」

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「20.30.40の恋」

その後も、コン・リーやマギー・チャンなどスター女優を起用した作品を手がけて監督として着実に実績を積み、1995年の「少女シャオユー」でさらに評価を高めた。このキャスティングの際、レネ・リウをヒロインに起用しようとしたところ、共同脚本のアン・リーから猛反対されたが、それを押し切って彼女を主役に据えたという。彼女に「いい俳優とは?」と質問すると、「そこに何か物語があると感じられる俳優」と答えて、真っ先に彼女の名を挙げた。「彼女には小市民的なところが感じられ、なんとも言えない屈折した感じもあり、でも気が強く、芯があるというのが顔から感じ取れる」のが監督シルヴィアの心を捉えたのだ。さらに、レネ・リウの顔には犬に噛まれたときの痕があり、普段はメイクで隠しているが、映画ではわざとよく見えるようにしたと教えてくれた。言われなければ気づかないことだが、確かにそうしたことが演技に影響を与えたことは間違いない。中国からニューヨークにやって来た無垢なヒロインの変化を見事に演じたレネ・リウとは、この後も脚本作を含む4作で組むことになる。
「私は普通見えているカッコ良さを、あえて壊したいという気持ちがあるのです。『君のいた永遠(とき)』では金城武にニキビをつけさせました。そうしてリアルな人間らしさや物語を引き出そうとしています」と語る監督シルヴィア。主演もした「20.30.40の恋」や「母の愛、娘の時」を見ると、女優であると共に地に足をつけて生活する家庭人でもあることが、創作に大きな力を与えているのだと感じられる。「監督にとって大事なのは自分だけの映画言語を作り上げること」と言う彼女が一貫して描くのは、女として生きること。娘として恋人として、妻として母として、立場は変わっても女性の視点から様々な人生を紡ぐ。
「あなたを、想う。」は自身の原案ではないものの、さりげないセリフや描写で母親や娘の深い思いが浮き彫りにされ、シルヴィアの“言葉”がはっきりと伝わってくる作品だ。同作には娘のような存在と公言するリー・シンジエが出演し、レネ・リウが主題歌を歌った。ちなみに、ふたりは「20.30.40の恋」でも主演を務めている。彼女たちに限らず、キャスティングした俳優はいずれも彼女の分身と言ってもいい。そうした俳優たちを通して、シルヴィアはこれからも独自の世界を表現し続けるだろう。

Written by : 小田香


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「あなたを、想う。」公式サイト