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CULTURE / MOVIE
「あなたを、想う。」
“現実と幻想”“空と海”を、想う。

 手についた絵の具、真っ青な空にただようアドバルーン、ぴったりと体にまとわりついたワンピース、そして、海の中を泳ぐ人魚がはいていたスカート……。冒頭から次々と現れる「赤」はいったい何を意味しているのだろうと思いながら、美しく静かな映画の世界に入っていく。
 自らの思いを吐き出すかのように、手につかんだ絵の具をキャンバスにたたきつける画家のユーメイ。恋人であるヨンシャンの子を身ごもっているものの、そのことを彼には告げられず、ただ、体をぶつけ合うばかり。ボクサーであるヨンシャンの方も、目の不調で選手生命の危機を感じているあせりから、彼女のことを気遣うことができない。一方、幼い頃に両親の離婚によって母と妹ユーメイと別れたユーナンは、生まれ育った緑島に観光客を案内する旅行ガイドの仕事を続けている。

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 それぞれに満たされない思いを抱え、別々の場所で生きる兄妹と、妹の恋人の現在の中に、海に囲まれた美しい島で母親と暮らしていた日々の記憶が溶け込む「あなたを、想う。」。シルヴィア・チャン監督は、幼い頃の記憶に絡め取られたまま成長した3人の感情を言葉ではなく、仕草や表情の中で静かに描き出す。ユーメイとヨンシャンが寄り添い、お互いの体に腕を回し、キスをする夜の街のシーンには、求め合いながらも決してひとつになることなどできない恋人たちの感情があふれている。あるいは、緑島にやってきた若者たちを明るい声で先導するユーナンが仕事を終えて宿所に戻り、風呂場で洗濯をする背中からは、彼が長年、背負ってきた孤独の気配が伝わってくる。SNSに書き込んだ一言からその日が彼の誕生日だとわかるが、祝いの言葉をかけてくれる人は、モニターの向こうにしかいない。

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 台詞の少ないこの映画の中で、もっとも“雄弁”なのは、幼い兄妹に母が話してくれた人魚の物語だ。小さな部屋のベッドの上に体を寄せて合って聞いた母の声が、離れて暮らすふたりを結びつけ続ける。物語(=想像力)の力は兄と妹の中に強く残り、ふたりはそれぞれに幻想を見る。映画の中では過去と現在だけでなく、現実と幻想までもがなめらかに入り混じる。
 台北の青い空の向こうに緑島の空と海を思うユーメイの姿から始まる「あなたを、想う。」。見返してみれば、冒頭の彼女がはいているのも、赤いショートパンツだったと気づく。空と海の青と共にこの映画を象徴する赤は、生命、あるいは生命の誕生を想起させる。圧倒的に無力だった子どもたちの人生を振り回し、自分勝手なタイミングでいなくなってしまった母への怒りを抱えたユーメイは、自分自身の中に新しい生命を宿したことに激しく動揺している。母に捨てられたと信じるユーナンも、結婚はしないのかと尋ねられ「一人で精一杯です」と答える。ヨンシャンも船乗りだった父を失った痛みを癒しきれていない。しかし、映画のあちこちに配されている「赤」に導かれるかのように、3人は少しずつ、自分以外の人と関係を結ぶこと、家族を作ることの意味に気付いていく。そして、そんな彼女たちを空と海が見守っている。

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Written by : 佐藤 結


「あなたを、想う。」
監督・脚本:シルヴィア・チャン
脚本:蔭山征彦 撮影:リョン・ミンカイ
出演:イザベラ・リョン/チャン・シャオチュアン/クー・ユールン/リー・シンジエ
©Dream Creek Production Co. Ltd./ Red On Red

12月21日(土)より東京 アップリンク吉祥寺、2020年1月24日(金)より京都 出町座、1月25日(土)より大阪 シネ・ヌーヴォにて公開 以降順次全国公開


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