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慶州郊外の焼肉店『オボンネ・スップルクイ』の駐車場から見た風景

チョン・ウンスク「慶州(キョンジュ)」映画紀行
第1回「慶州」という街

韓国に関する多くの著書をもつ、紀行作家のチョン・ウンスク。映画「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」公開に合わせ、彼女が「慶州」という街をさまざまな視点から伝える全4回の連載企画。第1回は「慶州」という街そのものについてーー。

慶尚北道(キョンサンプッド)の慶州(キュンジュ)。
 韓国人の多くが修学旅行で訪れる有名観光地だ。日本人にとってもその認知度は首都ソウル、釜山、済州に次ぐだろう。
 私は2000年頃から旅行記を書いているが、日本で韓流が始まった2003年頃からソウルの露出が増えたので、より韓国らしいところを取り上げたいと思い地方に目を向けた。それも、あまり日本人に知られていない田舎町ばかり取材していたため、観光地としてベタ過ぎる慶州は長らく敬遠せざるをえなかった。
 とはいえ、まったく行かなかったわけではない。この20年間で5、6回は行っている。正確に言うと敬遠していたのは慶州そのものではなく、古墳群や仏国寺、石窟庵、瞻星台などの有名観光スポットである。では、私は慶州のどこで何をしていたのかというと……。
 郊外で焼肉を食べていたのである。
 慶州は江原道の横城や、慶州と同じ慶尚北道の安東に継ぐ韓牛(韓国産牛)の産地で、郊外にある川北花山プルコギ団地では質のよい肉が都市部よりずっと安く食べられるからだ。そこは、慶州中心部からクルマで20分ほど北上したところにあり、店の周囲にはなだらかな山と田んぼしかない。
 靴を脱いで座敷に上がった瞬間、「いい店だ」と確信した。

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『オボンネ・スップルクイ』 慶州市川北面花山里1228 ℡ 054-774-0769
 ※現在は看板のデザインが変わっている

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座敷で掃除されていたアバラ部分

 

従業員(おそらく家族経営)が座敷のど真ん中で、牛肉の掃除(無駄な脂や筋、薄い膜などを取り除くこと)をしていた。その作業を客に見えるところで堂々と行うのは肉質に自信がある証拠だ。
 色つやのよい牛肉を掃除をする家族はじつに楽しげだった。飲食業は一生の仕事ではないという見方がまだ根強い韓国では、店の主人やスタッフが笑顔であるかどうかが、いい店選びの重要な基準になる。
 骨付きで出てくるカルビは、日本でよく見る霜降り肉のように脂が多過ぎず、赤身の旨味が際立っていた。日本人ほどやわらかい肉を喜ばない韓国人が好む "噛み味" もほどよくある。ニンニクや味噌などを添えてサンチュで巻いて食べてもいいが、日本人にはまず塩だけ付けて食べることをおすすめする。ビールが進む。昼間だったのだが、冷えたソジュ(韓国焼酎)も頼んでしまった。久しぶりに質のよいタンパク質を摂取したという幸福感で満たされる。
 映画『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』には、慶州の観光資源がいくつも登場するが、焼肉を食べる場面はない。それどころか、主人公ヒョンときたら、タバコは匂いを嗅ぐだけ。茶ばかり飲む。元カノとの再会を祝して一杯やろうとするもフラレる。酒席に呼ばれたはいいが、歓迎されているのかどうか微妙で、いろいろ気まずい。汁かけ飯や麺は食べるが、据え膳は食わない。草食系もいいところである。しかも、もやっとしていて生気が感じられない。映画を観た人から「ヒョンはこの世の者ではないのでは?」と疑われるのも無理はない。
 古墳だらけの慶州では、ふだんよりもあの世が身近に感じられるとはいえ、私はまだまだ力強く生きていきたい。次回は同じ店で韓牛のユッケを食べて精をつけ、大地にしっかり足をつけて生きていきたい。ヒョンもしっかり肉を食べていれば、あの世との縁(ふち)に迷い込んだりしなかったろう。

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ほどよい霜降り具合のカルビ(冷凍100g18,000ウォン、生100g23,000ウォン)。
韓牛のユッケは200g30,000ウォン

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カルビは脂まで美味しく、まずは塩だけふって食べたい

文:チョン・ウンスク


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「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」公式サイト

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