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チョン・ウンスク「慶州(キョンジュ)」映画紀行
第3回 映画作家チャン・リュルが見た風景

韓国に関する多くの著書をもつ、紀行作家のチョン・ウンスク。映画「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」公開に合わせ、彼女が「慶州」という街をさまざまな視点から伝える全4回の連載企画。第3回は、映画監督チャン・リュルの原風景をチョン・ウンスクが辿る。


映画「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」を初めて観たとき印象に残ったのが、慶州のシンボルである陵(古墳)をほぼ水平にとらえたいくつかの場面だった。それは、ガイドブックや観光ポスターの写真には見られない、丸みのある陵線を際立たせる撮り方だった。ソウルのように、ビル街の遠く向こうに山が見える風景は珍しくないが、生活圏の目の前でこのようなやわらかな波状を一望できる場所はなかなかない。

被写体は大陵苑(テヌンウォン)のような入場料を取る大規模な古墳ではなく、その北東方向の住宅街に隣接するカジュアルな古墳である。映画にも幼稚園児や高校生らしきカップルがすぐ目の前を通り過ぎる場面があった。古墳のある場面で観光客らしき人たちの姿はほとんど描かれていない。劇中、ユニ(シン・ミナ)に「慶州で陵を目にしないことはほとんどありません」と言わせているように、チャン・リュル監督は日常のなかにある古墳の姿にこだわっている。

これは慶州=修学旅行、世界遺産、手垢のついた観光地という連想をしがちな韓国人にはない視点だが、外国人である日本の人たちには共有しやすい感覚だろう。チャン・リュル監督は韓国や北朝鮮の人たちと同じコリアンではあるが、中国東北部(旧満州)吉林省・延辺(ヨンビョン)朝鮮族自治州の州都・延吉(ヨンギル)生まれ。いわゆる朝鮮族である。日本の人たち同様、慶州の街を他者の目で見ることができる。慶州の古墳を、あるときは生き生きと、またあるときはしっとりと描くことができたのは、そのせいだろう。

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豆満江の中朝国境線にかかる大橋から北朝鮮を望む

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ハングルと漢字の看板が混在する延吉市の中心部

 

私は2008年の冬と2009年の春、監督の生地・延辺を旅したことがある。旧満州全体に言えることだが、その印象は、「凍土」「広大な地平」、そして「渇き」だった。都市部の延吉こそ、中国と北朝鮮と韓国が共存する迫力のある街だったが、郊外に出るとどこまでも平野が続き、延吉の街はセットだったのでは思うほどだった。かつての日本帝国主義は、よくこんな荒野を開拓しようとしたものだ。延辺を舞台としたチャン・リュル監督の「豆満江」(2011年)や、ナ・ホンジン監督の「哀しき獣」(2010年)は、かの地の渇いた空気をよく伝えている。

2歳から14歳まで満州で過ごした山田洋次監督が終戦後の1947年、日本に引き揚げたとき、初めて見る田舎の風景がとても新鮮に映ったと、「いいかげん馬鹿」のDVDで次のようにコメントしていた。
「日本というのは箱庭のように美しい。変化に富んで、水がきれいで、山が青くってね。(中略)満州は平野で、山がなく、もちろん海もない。列車の中から大連に向かうと山が見えてくる。山と言っても丘だよね。地面がふくらんでいるだけで驚いたり、感動したりしたもんだよ」

1995年に慶州を訪れたというチャン・リュル監督も、生地ではない故郷に対して、同じような感慨を覚えたのかもしれない。

延辺の旅で忘れられないのは、郊外の果樹園で食べたサグァペ(リンゴ梨)の味だ。渇いた土地で、よくこんなみずみずしい果物が育つものだと感激した。記憶の中のリンゴ梨の香りと、ユニの涼し気な目もとが重なった。

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延辺朝鮮族自治州の郊外風景

文:チョン・ウンスク


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