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チョン・ウンスク「慶州(キョンジュ)」映画紀行
第2回「慶州」という映画

韓国に関する多くの著書をもつ、紀行作家のチョン・ウンスク。映画「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」公開に合わせ、彼女が「慶州」という街をさまざまな視点から伝える全4回の連載企画。第2回は、チョン・ウンスクが見た映画「慶州」についてーー。


主人公ヒョン(パク・ヘイル)の心の内はともかく、その旅のスタイルはバックパッカーの理想そのものだ。
大邱空港に降り立った彼はTシャツにチノパンというラフないでたち。荷物は韓国語ででペナン(背嚢)と呼ばれるリュックサックのみだ。中身はジャケットとスマホ、パスポート、着替えが数枚といったところだろうか。2泊3日の予定とはいえ、この身軽さはうらやましい。荷物の預け先など気にせず、レンタル自転車で風のように走るヒョンを見て、慶州を旅したくなった人は少なくないだろう。

伝統茶チプ(韓式カフェ)を再訪すること以外ノープラン。宿も予約していない。ソウルにいる元カノを突然電話で呼びつけたり、ユニ(シン・ミナ)のカフェを二度も訪れたり、突発的な行動が目立つ。多くのバックパッカーがヒョンのような気ままな旅がしたいと思うはずだ。

旅先のカフェや酒場で魅力的な主人と出逢う。これも多くのバックパッカーが妄想することだ。この映画のユニを語る日本人男性から「鄙にはまれな」という言葉を聞いた。都会から離れた辺鄙な町に不釣り合いな、という意味だという。男性の多くが、田舎町の小料理屋で「鄙にはまれな」美人女将に会いたいと思っているらしい。

物憂げで、陰のあるユニはそんな妄想にぴったりのキャラクターだ。その魅力は、田舎町で出逢う訳ありの男女を描いた『旅人は休まない』(1988年、イチャンホ監督)の看護婦チェ(イ・ボヒ)や、『江原道の力』(1998年、ホン・サンス監督)の女子大生ジスク(オ・ユノン)と共通する。

ヒョンは社交的な人間ではないのに、ユニのおかげで、希少なお茶にありついたり、地元民たちの飲み会に招かれたりした。二次会ではカラオケまで行き、かなり浮いてはいたが、彼なりにエンジョイした。ヒョンのように、自分で何も考えなくても周りのペースで事が運び、けっこう楽しい。これもバックパッカーが求めがちなことだ。旅人とはどこかしら今生に疲れた者、今生から逃げてきた者だからだと思う。

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「日本ほど個人主義が発達していない韓国には世話焼きが多いので、旅先でいい人に出逢ったら、変に自己主張せず、言いなりになったほうが楽しい」
韓国にハマり、長年旅を続けている日本人からよく聞く言葉だ。その意味で、韓国はシャイな日本人にとって理想的な旅先のひとつらしい。

 

見知らぬ土地でヒョンのように地元の人と杯を交わすことは、じつはそんなに難しいことではない。隣席との距離が近い大衆酒場で、「アニョハセヨ(こんにちは)」とか「コンベ ハプシダ(乾杯しましょう)」と話しかければ、注ぎ注がれになること必至だ。それこそが韓国の旅の楽しみだという日本人も少なくない。

明け方、ヒョンはユニの部屋で数時間を過ごした。見知らぬ人の家でやっかいになることもバックパッカーは望みがちで、それは武勇伝にもなる。私も日本人カメラマンといっしょに全羅北道の芽項(モハン)という港町に行ったとき、地元のおじさんたちがたむろする酒場で盛り上がり、初日は老夫婦の別荘に、二日目は休眠状態の民宿に泊めてもらったことがある。酔った勢いとはいえ、楽しい思い出である。

北京の妻からの電話で里ごごろがついたのかどうかわからないが、ヒョンは早朝、ユニにあいさつもせず部屋を出た。この気ままさもバックパッカーの特権である。

この夏、Tシャツとチノパンで慶州を旅する日本人が増えることを期待する。

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文:チョン・ウンスク


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「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」公式サイト

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