*

相田  ファンタジーのつまらないところって、ルールがあるというところなんです。それが、ファンタジーの限界だと思う。この映画の凄いところは、すべてをファンタジー化するのではなく、すべてを抽象化するのでもなく、具体的なものをたくさん入れていること。美術で言えば、抽象絵画と具象絵画を両方やっている。これは、アートで言えば、ミクストメディア。美術ではそういう考え方は当たり前なんですけれど、映画って相変わらず難解なものは難解だし、簡単なものは簡単。ファンタジーはファンタジーだし、現実は現実、みたいな感じになっている。現実とファンタジーを行き来する映画はあるけれど、同時に存在する映画はほとんどない。同時に存在させているのが、「慶州」。実はフラットな映画で。そのフラットな空間に異なるものが配置できるようになっている。例えるなら、石とマシュマロくらい違っているものが、同時にあっていいというような空間。この映画は、宗教でもないし、哲学でもないし、倫理でもない。それは何かといえば、小林さんの話に通じるけれど、やはり、宇宙でしょうね。

小林  場所に死者の想いが宿るということでいえば、スペインの監督、ホセ・ルイス・ゲリンを思い出しました。例えば、ゲリンの「影の列車」なら死者の視線が場所に残っていて、それが現代に蘇るというようなことをやっている。そういう迫ってくる感じはチャン・リュルの映画にはないですよね。

相田  ゲリンの映画の亡霊って、亡霊が生きているものだって感じですよね。だから匂いもすごく濃密だし、あるいは、映画全体を支配してしまうし、我々も支配されてしまう。「慶州」に出てくる死者を思わせる人達というのは天使みたいなところがあって、パラレルワールドでいろいろな穴で結びついている。無数の亡霊がいる感じがするんです。ゲリンの場合だと、唯一の亡霊が世界を支配している。そう感じる。

小林  黒沢清監督の「叫」の世界ですね。葉月里緒菜演じるたったひとりの幽霊が世界を終わらせてしまうような。

*

相田  「慶州」は日本的というか、いろいろなところに神は宿っている。粉のように舞っている、という感じがします。濃密なエロスにもいかず、濃密な死にも行かない。ゲリンの映画は磁場が強いけれど、チャン・リュルの映画は磁場が強くないし、そもそもそんなところに向かっていない。いい意味で、非常に「未満」の作家だな、と思います。越境しているようで何も越境していない。そもそも越えようとしていないし、つまりフラットな人だと思う。散歩が好きだろうし、迷子になっても、それが迷子ではないという我の強さもある。迷子を愉しむというか。この映画をはじめて見たときの印象は、山というか丘なんです。あの緑色の古墳。監督にインタビューしたとき、“女の人の乳房みたいですね”と言ったんです。エロスというよりは母なるものというか、安心感を与えるような形状だと感じた。そこにゲリンの“迫ってくる感じ”とは違うものがある。チャン・リュル監督の「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」は、ここに出てくる古墳のように、柔らかなカーブの形状をした映画なんですね。

*

「『慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ』とは何だったのか?
遅れて発見されるアジアの巨匠 チャン・リュルの世界」

出演 相田冬二(映画批評家)/ゲスト 佐藤 結(映画評論家)

日時:
2019年6月22日(土)
13:00開場 13:30開演(終演予定15:30)
会場:
会場:BCワールド
〒151-0053 東京都渋谷区代々木2-29-12 BC WORLD ビル
料金:
2,000円
チケットぴあにて発売中
定員:
50名

「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」
監督:チャン・リュル
出演:パク・ヘイル/シン・ミナ

6月8日(土)よりユーロスペース(東京)、横浜シネマリン(神奈川)、出町座(京都)にて公開にて公開
公式サイト


[関連記事]
パク・ヘイル × シン・ミナ「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」の軌跡

パク・ヘイル 第1回「グエムル 漢江の怪物」
パク・ヘイル 第2回「殺人の追憶」
パク・ヘイル 第3回「菊花の香り 世界でいちばん愛されたひと」
パク・ヘイル 第4回「初恋のアルバム 人魚姫のいた島」
パク・ヘイル 第5回「モダンボーイ」
パク・ヘイル 第6回「10億」
パク・ヘイル 第7回「神弓 –KAMIYUMI-」
パク・ヘイル 第8回「天命の城」

シン・ミナ 第1回「火山高」
シン・ミナ 第2回「美しき日々」
シン・ミナ 第3回「甘い生活」
シン・ミナ 第4回「Sad Movie〈サッド・ムービー〉」
シン・ミナ 第5回「今、このままがいい」
シン・ミナ 第6回「10億」
シン・ミナ 第7回「キッチン ~3人のレシピ~」
シン・ミナ 第8回「アラン使徒伝(サトデン)」

A PEOPLE CINEMA第2弾「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」
レビュー「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」
「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」 A PEOPLE TALK LIVE
PEOPLE / イ・ジュンドン
PEOPLE / イ・ジュンドン ②
PEOPLE / チャン・リュル
チョン・ウンスク「慶州(キョンジュ)」映画紀行 第1回「慶州」という街
チョン・ウンスク「慶州(キョンジュ)」映画紀行 第2回「慶州」という映画
チョン・ウンスク「慶州(キョンジュ)」映画紀行 第3回 映画作家チャン・リュルが見た風景
チョン・ウンスク「慶州(キョンジュ)」映画紀行 第4回 慶州にロケした映画たち
「ホン・サンス、イ・チャンドン、そして、チャン・リュル」
TOJI AIDA 「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」死者は、夢を見るのか?
古家正亨特別寄稿