相田 ファンタジーのつまらないところって、ルールがあるというところなんです。それが、ファンタジーの限界だと思う。この映画の凄いところは、すべてをファンタジー化するのではなく、すべてを抽象化するのでもなく、具体的なものをたくさん入れていること。美術で言えば、抽象絵画と具象絵画を両方やっている。これは、アートで言えば、ミクストメディア。美術ではそういう考え方は当たり前なんですけれど、映画って相変わらず難解なものは難解だし、簡単なものは簡単。ファンタジーはファンタジーだし、現実は現実、みたいな感じになっている。現実とファンタジーを行き来する映画はあるけれど、同時に存在する映画はほとんどない。同時に存在させているのが、「慶州」。実はフラットな映画で。そのフラットな空間に異なるものが配置できるようになっている。例えるなら、石とマシュマロくらい違っているものが、同時にあっていいというような空間。この映画は、宗教でもないし、哲学でもないし、倫理でもない。それは何かといえば、小林さんの話に通じるけれど、やはり、宇宙でしょうね。
小林 場所に死者の想いが宿るということでいえば、スペインの監督、ホセ・ルイス・ゲリンを思い出しました。例えば、ゲリンの「影の列車」なら死者の視線が場所に残っていて、それが現代に蘇るというようなことをやっている。そういう迫ってくる感じはチャン・リュルの映画にはないですよね。
相田 ゲリンの映画の亡霊って、亡霊が生きているものだって感じですよね。だから匂いもすごく濃密だし、あるいは、映画全体を支配してしまうし、我々も支配されてしまう。「慶州」に出てくる死者を思わせる人達というのは天使みたいなところがあって、パラレルワールドでいろいろな穴で結びついている。無数の亡霊がいる感じがするんです。ゲリンの場合だと、唯一の亡霊が世界を支配している。そう感じる。
小林 黒沢清監督の「叫」の世界ですね。葉月里緒菜演じるたったひとりの幽霊が世界を終わらせてしまうような。
相田 「慶州」は日本的というか、いろいろなところに神は宿っている。粉のように舞っている、という感じがします。濃密なエロスにもいかず、濃密な死にも行かない。ゲリンの映画は磁場が強いけれど、チャン・リュルの映画は磁場が強くないし、そもそもそんなところに向かっていない。いい意味で、非常に「未満」の作家だな、と思います。越境しているようで何も越境していない。そもそも越えようとしていないし、つまりフラットな人だと思う。散歩が好きだろうし、迷子になっても、それが迷子ではないという我の強さもある。迷子を愉しむというか。この映画をはじめて見たときの印象は、山というか丘なんです。あの緑色の古墳。監督にインタビューしたとき、“女の人の乳房みたいですね”と言ったんです。エロスというよりは母なるものというか、安心感を与えるような形状だと感じた。そこにゲリンの“迫ってくる感じ”とは違うものがある。チャン・リュル監督の「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」は、ここに出てくる古墳のように、柔らかなカーブの形状をした映画なんですね。
出演 相田冬二(映画批評家)/ゲスト 佐藤 結(映画評論家)
「慶州(キョンジュ)ヒョンとユニ」
監督:チャン・リュル
出演:パク・ヘイル/シン・ミナ
6月8日(土)よりユーロスペース(東京)、横浜シネマリン(神奈川)、出町座(京都)にて公開にて公開
公式サイト
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