「私は小さな小さな監督です。永遠に小津監督には追いつけない。ただ、抑えた形式の中で自由を探そうとは思っています。どの監督もそのように努力すべきだと思いますが、映画は約2時間というルールがあります。その中で完成させなかればなりません。2時間はそれほど長い時間ではありません。長編小説ならいろいろ詰め込めますが、映画は約2時間の中に収めなければいけない。そこで大切になってくるのはリズムではないかと思います。自分なりにリズムがあれば、きっと観客はついてきてくれる。そう思っています」
優れて叙情的だった「春の夢」のあとで「慶州」に接すると、「慶州」がいかに突出しているかがよくわかる。おそらくチャン・リュルは「春の夢」のようなオーソドキシーも身につけてはいるが、同時に「慶州」のような異能が突出した作品も撮りうる才能の持ち主なのだ。彼のキャリアにおいて「慶州」はどのような位置づけになるのだろうか。
「この映画に関しては慶州という空間が私を助けてくれた。たくさんのインスピレーションをくれましたし、たくさんのパワーもくれました。先ほど、「ほんとうに自分が撮ったのだろうか?」と冗談を言いましたが、それは半分、ほんとうの話でもある。幽霊に取り憑かれて撮ったような気がしています。だから、この映画が「私の映画」じゃなかったとしても、それはそれでいいです。古墳から出てきた映画かもしれない(笑)」
自分の映画じゃなくても一向にかまわない。この半睡半覚醒状態ともいうべきチャン・リュルの言葉が、この映画作家の本質を指し示している。わたしたちをとりとめのない夢へと誘う魅惑の時間を醸成する。
「古墳は美しい。そして、死そのものも美しい」
そして、「慶州」には写真という想像力をくすぐるファクターが随所に出現する。写真もまた、記憶と現実、時間と空間をめぐる存在である。
「私たちは日常でこんなことを言いますよね。どこか観光に行って、残るのは写真しかない、と。写真はともすると、事実に見える。あとで見てみると、え? ここで、こんなふうに撮ったのか? 時間が経つとそう思うことがあります。そして結局、写真を撮ったという事実さえ曖昧になる。そこで登場するのが記憶なんです。つまり、事実よりも記憶のほうが生命力があるのではないかと思うんです。記憶するために、憶えておくために撮った写真さえ信じられないってことが日常の中であると思う。この映画の中でも主人公は7年前に観光のために慶州に行って、次は記憶を辿るために行く。だから写真というものを挿入しようと思ったのです。写真に対しては信じているところもあれば、疑っているところもあります。写真には写っているはずのものが写っていない。そういうことも写真には起こります」
わたしたちは「慶州」に何を見て、何を見ないのか。「慶州」は何を映し、何を映していないのか。無限の愉悦が、じっと待ち構えている。
Written by:相田冬二
<プロフィール>
チャン・リュル
1962年5月30日、中国吉林省延辺朝鮮自治州の延吉市で生まれた。父は祖父の代に中国に渡った2世で、母は14歳で家族と中国に移住。文化大革命時に父親が逮捕されて5年間拘束されて、母親と幼い彼は農村に下放された。それまで家庭では韓国語で会話していたが、下放先には周囲に朝鮮族がいなかったことから親子も中国語を使うようになり、韓国語を話すことはあまりなくなったという。
延辺大学中国文学科を卒業し、同大学で中国文学教授となった後、北京に拠点を移し、1986年に小説家として文壇に登場。影響を受けた作家として「紅楼夢」を作者である曹雪芹、好きな欧米の作家としてはカフカの名を挙げている。1989年、天安門事件の際に民主化に関する寄稿によって職を追われ、政府から創作活動を禁止された。それ以降、小説を書くのもやめ、約10年の間、何もしていなかったと語っている。
そんなチャン・リュルが映画監督になったきっかけは、酒の席で映画を撮った友人と口論となり、腹立ちまぎれに「映画なんて誰にでも撮れる」と言い放ったことだった。その言葉が真実だと証明するため、その日のうちにすぐに脚本を書き上げる。それが2001年、彼が39歳の時に監督した「11歳」だ。それ以前はハリウッド映画しか見たことがなかった彼が、初めて手がけたこの短編作はベネチア国際映画祭など各地の映画祭で上映された。そして、イ・チャンドン監督の支持を受けて、04年にデジタルカメラで撮影した「唐詩」で長編デビューを果たす。続く「キムチを売る女」がカンヌ映画祭で受賞したことから韓国でも認知度が上昇。その後も精力的に監督するかたわら、08年6月まで韓国・延世大学通信大学院映画専攻教授を務め、映画演出論や映画演技論、映像作家論などの講義を行っていた。
2014年の「慶州」以降の作品には韓国の有名俳優を起用するようになり、ホン・サンスと並んで論じられることが多くなった。また、同作や最近作「群山」には日本人が登場したり、日本にまつわるエピソードが描かれたりしているのが目を引く。13年に東京・渋谷で「中国インディペンデント映画祭」が開催され、「唐詩」「重慶」「豆満江」が上映された際には来日している。但し、中国では作品が公開されたことはない。「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」と縁が深く、07年に「風と砂の女」が上映されたのを皮切りに、09年に「イリ」、10年には「豆満江」が上映され登壇。14年には「慶州」で主演のパク・ヘイル、プロデューサーのキム・ドンヒョンと共に招待され、17年には「春の夢」で出演者した二人の監督も参加してのシンポジウムが開催されている。福岡が大好きということから、18年にはその名も「福岡」というタイトルの作品を監督。19年、ベルリン映画祭で上映された。出演者はクォン・ヘヒョ、パク・ソダム、ユン・ジェムンなど。こちらも公開待機中。
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